大相撲の休場最多記録は誰?歴代横綱ワーストランキングと怪我の真相
大相撲の本場所が始まると、熱戦の行方とともにファンの注目を集めるのが、力士たちの「休場」に関する動向です。特に最高位である横綱が土俵に上がれない事態が続くと、相撲ファンのみならず一般ニュースでも連日のように大きく取り沙汰されます。国技の頂点に君臨する横綱には降格が存在せず、休場が長引けば常に「進退問題」という過酷なプレッシャーが突きつけられる宿命にあるからです。
しかし、不名誉なレッテルを貼られがちな「休場最多」という記録の裏側には、土俵に命を削ってきた力士たちの壮絶な怪我との闘いと、人知れぬ苦悩のドラマが刻み込まれています。歴代の横綱・幕内力士の中で最も多く休場したのは誰なのか、なぜこれほどまでに休場が増えてしまうのか。休場中の給与事情や横綱審議委員会の実態、かつて存在した公傷制度の是非まで、2026年現在の最新データをもとにその真相を徹底解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:通算の幕内休場数では白鵬(232休)、鶴竜(227休)が突出しており、現役世代では照ノ富士(197休)や高安(167休)など、満身創痍で土俵を守り抜いた看板力士たちが上位に並ぶ。
- 要点2:連続休場ワースト記録では貴乃花の「7場所連続全休(105休)」や稀勢の里の「8場所連続休場」など、怪我を押しての強行出場が長期離脱を招いた構造的な悲劇が存在する。
- 要点3:休場中も関取の月給は全額支給される一方、公傷制度廃止によって怪我を隠して出場せざるを得ない現代大相撲の歪みと、横綱審議委員会の進退勧告の基準が浮き彫りになっている。
【歴代最多休場】大相撲の休場ワースト記録は誰?数字が語る過酷な土俵人生
大相撲における「休場最多記録」を紐解く際、単に数字の大きさだけで力士の価値を測ることはできません。なぜなら、多く休場できる力士というのは、それだけ長期間にわたって幕内上位や横綱・大関の座を維持し続けた「超一流の証」でもあるからです。実力のない力士であれば、数場所休場した時点で幕下以下へと一気に転落し、給与を失って引退を余儀なくされます。
日本相撲協会が残す公式記録や星取表の集計データによると、近代大相撲の幕内において通算休場数が最も多い横綱として名前が挙がるのが、第69代横綱・白鵬の通算232休、そして第71代横綱・鶴竜の通算227休です。白鵬は歴代最多となる幕内優勝45回、通算1187勝という金字塔を打ち立てた大横綱ですが、現役生活の晩年は右膝の古傷悪化や半月板の手術により休場を重ねました。特に現役最後の2年間は出場と休場を繰り返し、満身創痍の状態で土俵にしがみつきながら最後の優勝を掴み取った背景があります。
一方、鶴竜は腰椎すべり症や左足首、右肘の負傷に長年悩まされ、横綱昇進後の休場率は3割を超えました。さらに現役力士として土俵に君臨し続ける第73代横綱・照ノ富士も通算197休を数え、歴代横綱のワースト上位に食い込んでいます。大関から序二段まで転落した後に奇跡の復活を遂げた照ノ富士ですが、両膝の前十字靭帯断裂や糖尿病を抱えながらの土俵生活は、常に限界と隣り合わせです。
平幕を含めた現役関取の中で見ると、大関経験者の高安が通算167休(2026年秋場所時点集計)を記録するなど、長年にわたって上位で激闘を繰り広げてきた実力者ほど、肉体の損耗と戦いながら土俵に上がっている実態が浮き彫りになっています。

【データ比較】歴代横綱の休場数ランキングと休場率一覧
歴代横綱たちが残した休場記録を客観的に比較すると、力士ごとに異なる怪我の性質や、休場に対する方針の変遷がはっきりと見えてきます。以下は、近年の大相撲史を彩った主要な横綱たちの休場数、連続休場記録、および主な離脱要因を整理した一覧表です。
| 力士名(代数) | 通算幕内休場数 | 横綱連続休場記録 | 主な休場理由・背景 |
|---|---|---|---|
| 白鵬(第69代) | 232休 | 6場所連続 | 右膝内視鏡手術、右肩・右足親指の負傷。晩年の長期休場 |
| 鶴竜(第71代) | 227休 | 5場所連続 | 腰椎すべり症、左足首靭帯損傷。横綱在位中の休場率約33% |
| 照ノ富士(第73代) | 197休 | 4場所連続 | 両膝半月板損傷・前十字靭帯不全、糖尿病。出場即優勝の高い決定力 |
| 貴乃花(第65代) | 171休 | 7場所連続全休(105休) | 右膝半月板断裂。伝説の「痛みに耐えてよく頑張った」優勝後の長期療養 |
| 稀勢の里(第72代) | 97休 | 8場所連続休場 | 新横綱場所での左胸大胸筋断裂、左腕の重症。横綱休場率ワースト級 |
| 曙(第64代) | 133休 | 4場所連続 | 200kg超の巨体を支える両膝の軟骨損傷、足首骨折などの反復 |
このデータから明確になるのは、「連続全休記録のワースト」は貴乃花の7場所連続全休(105日間)であり、「途中休場を含めた連続休場場所数のワースト」は稀勢の里の8場所連続という事実です。白鵬や鶴竜のように通算の数字が積み上がったケースと、貴乃花や稀勢の里のように一度の致命的な怪我によって長期の戦線離脱を余儀なくされたケースでは、その性質が大きく異なっています。
【怪我と孤独の真相】貴乃花・稀勢の里・照ノ富士が直面した「土俵の代償」
休場記録の数字の裏には、文字通り力士人生を賭けた壮絶なドラマが横たわっています。単なるサボタージュや怠慢などではなく、相撲界の重責を背負い続けたからこそ逃れられなかった怪我の真相が、当時の関係者証言や手記から生々しく伝わってきます。
貴乃花:伝説の優勝劇が生んだ「7場所連続全休」の暗雲
2001年(平成13年)五月場所、十四日目の武双山戦で右膝の靭帯を痛めた貴乃花は、歩行すら困難な重傷を負いながら千秋楽の土俵に上がりました。本割で武蔵丸に敗れながらも、優勝決定戦で豪快な上手投げを決めて賜杯を抱いた姿、そして当時の小泉純一郎首相による「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」という賛辞は平成相撲史の白眉として語り継がれています。
しかし、その代償はあまりにも残酷でした。右膝半月板を完全に断裂した貴乃花は、翌場所から前代未聞の7場所連続全休(105日間)へと追い込まれます。フランスへ渡っての手術、先の見えない孤独なリハビリ、メディアからの激しい進退バッシング。復帰した2002年九月場所で12勝を挙げて意地を見せたものの、肉体はすでに限界を迎えており、翌年初場所で静かに現役生活の幕を下ろしました。「あの優勝決定戦で自分の力士生命は終わっていた」と後に振り返る関係者も少なくありません。
稀勢の里:熱狂の代償となった左大胸筋断裂と8場所連続の苦闘
19年ぶりの日本出身横綱として列島を熱狂の渦に巻き込んだ稀勢の里の悲劇も、相撲ファンの記憶に深く刻まれています。2017年(平成29年)春場所、新横綱として迎えた十三日目の日馬富士戦で左肩から激突し、左大胸筋および左上腕部を重傷断裂。内出血で上半身がどす黒く変色するほどの重篤な状態でありながら強行出場し、奇跡の逆転優勝を果たしました。
しかし、無理を押した代償として左腕の筋力は完全に失われ、以降は横綱として歴代最多となる8場所連続休場を余儀なくされます。出場しては途中休場を繰り返し、横綱審議委員会からの厳しい視線に晒され続けた日々。引退会見で流した涙と「私の相撲人生において一片の悔いもございません」という言葉の裏には、横綱としての責任を果たせない自責の念と、動かない肉体との凄絶な葛藤がありました。
照ノ富士:両膝の爆弾と糖尿病を抱えた「現代の奇跡」
現役横綱として君臨する照ノ富士の休場理由は、両膝の前十字靭帯不全断裂と半月板損傷という、常人であれば歩行すら危うい重篤な故障です。大関から序二段まで陥落した際、親方に何度も引退を申し出たことは有名な逸話ですが、そこから不屈の闘志で再昇進を果たしました。
横綱昇進後も、出場すればほぼ優勝争いに絡む圧倒的な強さを見せる一方で、古傷のケアと手術のために数場所連続で休場を余儀なくされるサイクルが続いています。ネット上やSNSでは「休場が多すぎる」という批判が散見される一方で、現場の記者や親方衆の間では「あの膝の状態で土俵に上がること自体が医学的な奇跡」と称されるなど、評価が真っ二つに分かれる特異な横綱像を形成しています。

【制度と金銭事情】休場中も給料は満額?番付降格ルールと公傷制度廃止の爪痕
相撲ファンが抱く大きな疑問の一つに、「力士は本場所を休場している間、給料はどうなっているのか?」という点があります。プロ野球やJリーグなどのプロスポーツでは出場給や出来高が大きく影響しますが、大相撲には伝統的な「月給制」と独自の身分保障制度が存在します。
休場中も月給は満額支給されるが「実質的な減収」は莫大
結論から言えば、十両以上の「関取」であれば、全休した場合であっても日本相撲協会から支払われる月給(横綱:月額約300万円、大関:約250万円、平幕:約140万円)は満額支給されます。怪我による休場を理由に月給が減額される規程は存在しません。
しかし、だからといって力士側に金銭的な痛手がないわけではありません。本場所に出場して勝利することで得られる「懸賞金(1本あたり手取り3万円)」や、勝ち越しによって加算される「力士褒賞金」、さらには本場所ごとの各種手当は一切受け取ることができません。白鵬のような大横綱の場合、1場所全休するだけで懸賞金や手当を含めて数千万円規模の実質的な減収になっていた計算になります。
地位によって異なる過酷な番付ルール
休場に伴うリスクは、番付の地位によって天と地ほどの差があります。
- 横綱:どれだけ休場しても番付が落ちることはない。しかし、降格がない代わりに「引退」しか道が残されていない極限の地位。
- 大関:2場所連続で負け越し(または全休)すると関脇へ陥落。翌場所で10勝以上を挙げれば大関特例復帰が可能。
- 関脇・小結・平幕:全休した場合は15敗扱いとなり、番付が一気に急降下。平幕下位の力士が全休すれば、即座に十両へ転落する。
- 幕下以下:月給が出ない「養成員」であるため、休場が続いて番付が下がれば、相撲部屋での待遇も含めて生活基盤が直撃される。
2003年「公傷制度廃止」がもたらした現代の悲劇
力士たちの怪我と休場問題を語る上で避けて通れないのが、2003年(平成15年)に廃止された「公傷制度」の存在です。公傷制度とは、本場所の土俵上で負傷した場合、医師の診断と相撲協会の審査を経て公傷と認められれば、翌場所を全休しても番付が下がらないという力士救済ルールでした。
しかし、「土俵外の怪我との線引きが曖昧」「仮病や休場の温存に使われている」といった批判を受け、協会は2003年冬に同制度を廃止。その結果、現代の力士たちは「番付を落としたくない、十両や幕下へ落ちて給料を失いたくない」という恐怖から、骨折や靭帯断裂を抱えたまま強行出場を余儀なくされるケースが激増しました。これが結果として怪我を重症化させ、稀勢の里のような不可逆的な選手生命の短縮を招いていると、多くの相撲関係者や医療関係者が警鐘を鳴らし続けています。
【進退の境界線】横綱審議委員会による「激励・注意・進退勧告」の重みとファンの心理
長期休場を続ける横綱に対して、決定的な引導を渡す機関として知られるのが「横綱審議委員会(横審)」です。日本相撲協会の諮問機関である横審は、横綱の品格や力量を審査する役割を持ち、成績不振や度重なる休場に対して3つの決議を下す権限を有しています。
決議の重さは軽い順に以下の通りです。
- 「激励」:怪我からの再起を促す注意喚起。奮起を期待するメッセージ。
- 「注意」:次期場所での進退を賭けた出場を強く求める警告。これが出されると後がない状態となる。
- 「進退勧告」:事実上の引退要求。委員の3分の2以上の賛成で決議され、相撲協会および当該力士は極めて重い決断を迫られる。
過去には白鵬や鶴竜に対して連続休場を理由に「注意」決議が出された歴史があります。横審の判断基準は単なる休場日数だけでなく、「土俵を務める気概があるか」「横綱としての責任を果たしているか」という精神的な側面に重きが置かれるため、世論の空気によっても判断が左右されやすい特徴があります。
【実態検証】ファンの生の声と現代の世論:同情か、それとも品格か
SNSやネット掲示板、大相撲ファンのコミュニティを観察すると、横綱の休場に対するファンの受け止め方は時代とともに大きく変化しています。
昭和から平成初期にかけては、「横綱たるもの、土俵に穴を開けるなど言語道断」「出られないなら潔く身を引くべきだ」という厳しい精神論が主流を占めていました。しかし現代では、「公傷制度もない過酷な状況で、無理に出場させて力士生命を終わらせてほしくない」「万全な状態で素晴らしい相撲を見せてくれるなら、しっかり休養を取って完治させてほしい」というアスリートファーストの観点に立った同情論・容認論が急速に広がっています。
【プロの結論】国技の伝統と現代スポーツ医学が直面する構造的ジレンマ
大相撲における「休場最多問題」は、単なる特定力士の根性論や身体能力の問題ではなく、「年間6場所90日間」という超過密日程と、現代力士の大型化による肉体への過負荷が生み出した構造的欠陥です。
力士の平均体重が160kgを超え、土俵上での衝突エネルギーが交通事故レベルに達している現代において、公傷制度もなく年間を通して激突を義務付けるシステムそのものが限界を迎えています。「土俵を守る伝統」と「アスリートの健康維持」という相矛盾する命題に対し、途中休場や再出場ルールの見直し、公傷制度の現代的リバイバルなど、相撲協会全体が抜本的なメスを入れない限り、今後も新たな「休場ワースト横綱」が生まれ続けることは避けられません。

【大相撲 休場 最多】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大相撲の歴史上、最も通算休場数が多い力士は誰ですか?
A1:近代大相撲の幕内記録において、通算休場数が最も多い横綱は白鵬の「232休」、次いで鶴竜の「227休」です。現役力士の中では照ノ富士が197休、高安が167休(2026年秋場所時点集計)を記録しています。長期間にわたり幕内上位で活躍し続けた力士ほど、激闘の蓄積によって休場数が増える傾向にあります。
Q2:横綱が連続して休場した最多記録は何場所ですか?
A2:途中休場を含まない「連続全休場所数」のワースト記録は、貴乃花の7場所連続全休(105日間)です。また、初日出場後の途中休場を含めた「連続休場場所数」としては、稀勢の里の8場所連続休場が歴代ワースト記録となっています。
Q3:力士は本場所を全休しても給料をもらえるのですか?
A3:十両以上の関取であれば、全休した場合でも日本相撲協会からの基本月給は全額支給されます。ただし、勝利によって得られる懸賞金や力士褒賞金、各種の本場所手当は一切支給されないため、実質的な収入は大幅に減少します。なお、幕下以下の力士には月給そのものが存在しません。
Q4:一度休場した本場所に、途中から「再出場」することは可能ですか?
A4:医師の診断書を提出し、相撲協会の承認が得られれば、本場所の途中で再出場することは制度上可能です。ただし、一度不戦敗がついた星取を覆すことはできず、治りきらない状態での強行出場は怪我の悪化を招くリスクが高いため、近年では慎重に判断される傾向が強まっています。
Q5:かつて存在した「公傷制度」はなぜ廃止されたのですか?
A5:土俵上の怪我と稽古中・日常生活での怪我の境界線が曖昧であったことや、「制度を悪用して調子の悪い場所を温存・休養に充てているのではないか」という不公平感への批判が相次いだため、2003年(平成15年)をもって廃止されました。しかし、廃止によって怪我の重症化が進んだとして、現在も復活を望む声は根強く存在します。
まとめ:過酷な土俵と休場記録が問いかける大相撲の未来
大相撲の「休場最多」という記録は、一見すると不名誉な数字のように映ります。しかしその実態を詳細に検証していくと、白鵬、鶴竜、貴乃花、稀勢の里、そして照ノ富士といった歴代の横綱たちが、いかに過酷な重圧と肉体の激痛に耐え、土俵を守るために孤独な闘いを繰り広げてきたかという「魂の爪痕」であることが分かります。
関取としての誇り、横綱としての責任、そして生活を支える給与システムと公傷制度廃止の弊害。これらが複雑に絡み合う中で、力士たちは日々、自身の選手生命と向き合っています。数字の多寡に一喜一憂し、単なるバッシングに終始するのではなく、土俵に上がれぬ力士たちの苦悩と大相撲が抱える構造的課題に目を向けることこそが、これからの相撲観戦をより深く、本質的なものにしてくれるはずです。 (出典: 大相撲 休場 最多(Yahoo!ニュース))